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■環境政策講演会(2003年度日吉環境週間)
2003年度環境週間講演録です。
| 1.講師紹介 |
講師: 森 茂 氏 (千葉県環境生活部 資源循環推進課長)

略歴:
1950(昭和25)年生まれ(52歳)、千葉県出身。
慶応義塾大学法学部法律学科および、大学院法学研究科・公法修士課程卒業
1975(昭和50)年、千葉県庁入庁。土木部(企画調整)、企画部(総合計画・地域政策)、都市部(公園計画)、
商工労働部(観光・商業・工業振興)、などを経験。 2002(平成14)年4月、環境生活部へ。『千葉県資源循環型社会づくり計画』の策定。 2003(平成15)年4月より現職。
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| 2.はじめに |
千葉県庁に、環境生活部というのがあるのですが、そこに資源循環推進課という課が今年の4月に出来ました。そこの課長をやっております、森と申します。今回は3つのご縁がありまして、ここに立つことになりました。
1つ目は、私は高校時代に和弓をやっていたのですが、その高校の弓道部のOB会で、このE.C.O.のメンバーと会いまして、話をしているときに環境週間の講演会の企画を知りました。面白そうだから自分が講演しようかと冗談で言ったのですが、結果的にそれが本当になってしまったということです。
2つ目の縁ですが、今日のこの講演会は去年に続いて2回目だということですが、去年は慶応の経済学部長をなさっている細田衛士教授がお話をされました。細田先生は、今日お話する中心の内容である、千葉県の「資源循環型社会づくり計画」を策定する時の学識経験者などで作る懇談会の座長を務めていただいたという経緯があります。 自分が細田先生の後を継いで話して良いものかと思いましたが、細田先生は学問として研究されている、一方の私は県庁マンとして28年間仕事をしているので、その部分で頑張って喋ってみようと思いました。
 3つ目はですね、私自身、慶応大学を出ているのですが、ここでお話できるのは多分一生で一度だろうということで、思い切って来たわけです。母校で現役の学生のみなさんにお話をするということは、大学の先生にでもならない限り、普通はないことなので、私にとっては一世一代の誇らしい時間になっております。昨晩は眠れなかったのです。本当なんですよ。学生の皆さんはまだわからないかもしれませんが、私にとっては、ものすごい感激なのです。
まず、E.C.O.のメンバーから、質問を受けていましたので、それについてお話いたします。
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| 3.公務員の仕事について |
私が昭和48年に学部を卒業した頃には、公務員になろうという人は、ほとんどいませんでした。最近は公務員になろうという人もいらっしゃるので、地方自治体というのはどういうものか、ということについて、まずはお話いたします。
県庁はいろんな分野があります。私は土木部にいたこともありますが、別に私が道路を作るわけではなくて、企画や計画や調整といった色々な仕事をします。大きな組織を動かすときには、単に技術屋だけでなく、事務屋さんも色々な形で働けるのです。
私自身も土木部、都市部、商工労働部、企画部、総務部、今は環境生活部です。事務屋として就職する場としても、自治体という所は非常に面白い所だと思います。
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| 4.堂本知事になって環境政策は変わったか? |
千葉県知事が堂本さんだということをご存知の方はどのくらいでしょうか?(観客挙手)
大体8割くらいですね。今堂本知事は任期3年目ですが、知事が環境に熱心だというのは、放送記者時代、参議院時代に環境をご専門にされていたということもあり、事実です。
しかし当然ながら、「千葉県」としては、知事が変わったから環境に取り組むようになったというわけではありません。千葉県は以前から環境という分野に取り組んでいます。 まず1番最初に取り組んだ、いや取り組まざるを得なかったのは、「公害」の分野です。
千葉県には、環境研究センターというものがありますが、元は公害研究センターと言う名前です。千葉県において、環境問題への取り組みは、公害対策から始まっています。1963年(昭和38年)に公害防止条例を制定しました。
その他に、千葉県はなだらかな地形のためゴルフ場がたくさんあるのですが、ゴルフ場の無農薬化を全国に先駆けて1990年(平成2年)に宣言しています。
そんなわけで、堂本知事になって環境への取り組みが変わったのではなく、勢いがついたということだと思います。
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| 5.三番瀬(東京湾)についてのお考えは? |
三番瀬をどうしようかという問題は、色々な組織を作って、県民のみなさんの考えを伺いながら取り組んでいます。
三番瀬のことを考えるにあたって、以下のような事を念頭に置いておいて頂きたいと思います。三番瀬自体は非常に大きな干潟で、1600ヘクタールあると言われていますが、東京湾全体でみますと、東京湾の内湾は1000平方キロあります。 干潟は大きな川の三角州にできるのです。東京湾で1番大きい三角州は、多摩川の河口にあるものですが、ここには現在、羽田空港があります。また、お台場などは荒川の三角州と言ってもいいかもしれません。江戸川の河口には、ディズニーランドが埋め立てて作られています。そして三番瀬も、江戸川の河口部にあります。
東京湾全体を浄化するということを考えたときに、三番瀬だけにその役割を負わせるのは大変きつい状態です。先ほど言ったように、大きな川の河口に低湿地帯は出来るのです。例えば羽田空港の再拡張の話が議論されていますが、東京湾の浄化という観点から見るならば、三番瀬に対してこれだけ熱心ならば羽田の再拡張に対しても同じように関心を持っていただきたいのです。
マスコミの報道にも様々ありますが、干潟が埋め立てられた歴史的、時間的な流れも踏まえながら、広い視野で、三番瀬のことだけでなく東京湾全体に目を向けてほしいと思います。
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◇◆メインテーマ「資源循環型社会の実現にむけて」◆◇
| 6.人口減少時代の地域づくり |
まず1番最初は、人口減少時代の地域づくりについてお話します。
千葉県の人口は、驚異的に増えたという歴史があります。2002年の9月に、県の人口は600万人になったのですが、千葉県の人口が200万人となった1946年頃までは純粋な農業県でした。その後、人口が300万人となる1968年までの間に、臨海部に、装置型の産業がどんどん立地していきました。千葉県は農業県という顔に加えて、工業県という顔も持ったわけです。
人口はその後も増え続け、1968年から74年にかけては、6年間で100万人増えるという状態で、学校をどんどん新設しなくてはならない時代でした。現在は県の人口は600万人ですが、そのうち東京方面への通勤通学が約90万人います。90万人は山梨県の人口と同じくらいです。他にも人口が90万人に達しない県は沢山あります。 例えば、知事が有名な県を挙げると、橋本大二郎知事の高知県は81万人、片山善博知事の鳥取県は61万人です。
余談ですが、思い切った発言を出来る知事は、背後にある人口規模が少ない所に多い気がします。もちろん、議論の際には良い意見は良い意見として平等に扱わねばならないのは言うまでもありません。しかし、新聞などを読むときに、その人の発言の背後の事情までを考慮に入れるべきだと私は思います。
話を戻しますが、千葉県の人口は668万人でピークを迎えるという予測がなされています。実際はここまで増えずにピークを迎えるでしょう。それは、日本全体でも同じです。日本の人口は、2006年に減少し始め、2050年には1億人になり、2100年には6400万人になると推定されています(H14年1月推計、国立社会保障・人口問題研究所)。100年後には半分の人口になる、これはイメージしにくいですよね。現在は、都市は拡大を続けていますが、いずれ都市が広がらない時代が来る。人口が半分になるということが近い未来に起こる、遠い未来の話ではないということを想定しておいた方が良いと私は思います。
人口が減少する時代になってくると、これまでのような「地域の活力=人口増加」は成立しなくなります。じゃあどうするべきかと言うと、定住人口から交流人口へ、つまり人の行き来を活発にするのが大事になってきます。また、一極集中型社会から分散型社会へとの転換も求められています。
日本の人口が半分になった時に、今のように東京が人口や産業を集め続けるということは、日本の枝先の地域がスカスカになってしまう事を意味します。日本全体を生かすのか、それとも1つの都市を生かすのか、どっちを選択するのかは非常に大きな問題です。 東京への一極集中は、私はあまり良くないものだと思っていますが、人口が減るということも考えると、これからは地域を魅力あるものにしていく、さらには身の回りの生活の質を向上していくということが非常に重要になってくるでしょう。
その時のテーマとすると、もちろん産業は必要ですが、先程言った交流ということを考えると観光が非常に大事です。あるいは都市の景観、身の回りの福祉、そして我々の共通のテーマである「環境」、こういう事が非常に重要になってきます。そういう事を通して、魅力的な地域づくりをしていく必要があると思います。
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| 7.環境問題を時間軸で考えると |
1970年は公害の問題が顕在化し、公害に対する様々な法律が策定され、「公害元年」と言われました。
千葉県では、1963年に県の公害防止条例を策定しています。1953年に千葉市に川崎製鉄(現JFE)の千葉製鉄所の第1溶鉱炉に火が入りましたが、これが千葉県の工業県としての始まりです。もうその10年後には県の公害防止条例が出来ましたが、これは10年間で公害が問題化してきたということを表しています。
公害元年から現在までの約30年間は、公害の環境の制約を自覚し、克服してきた時代だと言えるでしょう。高度経済成長の時代は、大量生産、大量消費、そして大量廃棄という問題がありました。また現在は、最終処分場がどんどんなくなって、ゴミを埋める場所がなくなってきています。
また、不法投棄が多くなってきており、平成12年度の千葉県の不法投棄量は日本全国の約3割を占めていたり、平成13年には不法投棄の現場が1000箇所もあるという状況になっております。
このように公害問題は克服されたと言えるでしょうが、一方で不法投棄の問題や、最終処分場の余力がなくなってくるという問題が起こっているのが現状です。
このような状況になって、物を捨てない、廃棄物を出さない、そういう社会を作らねばならなくなった。そういうわけで、国の方も循環型社会形成推進基本法を2000年に作り、この年を循環型社会元年と言っています。
この2000年の基本法を受けて、千葉県としても、2002年10月に「千葉県資源循環型社会づくり計画」を作りました。国も、今年(2003年3月)に、循環型社会形成推進基本計画を閣議決定しました。こうして、国レベルでの循環型社会を作る準備が整ったわけです。
我々の生活を振り返ってみると、生活の利便性の向上と、現在起きているゴミ問題は、切っても切れない「コインの裏表」の関係だと思います。一般生活者は、公害の時には単に被害者だったわけですが、ゴミ問題では、「被害者かつ原因者」であるということを認識しなければなりません。
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| 8.21世紀は環境「制約」の世紀 |
21世紀は「環境の世紀」であると最近言われていますが、私は、21世紀は「環境『制約』の世紀」であると言うべきだろうと思います。現在は、環境の制約が顕在化し、またその制約に対して我々が対処していかなければならない時代になったのです。「環境の世紀」というと、何かのどかな印象もするので、「制約」という語を入れて、もっとシビアに考えねばなりません。
内容としては、
1・産廃不法投棄の後始末といった「負の遺産」の解消、
2・一般廃棄物の有料化やリサイクル法による廃棄物処理の内部経済化、
3・化石燃料の枯渇や地球温暖化といった、地球環境の有限性
というものが挙げられます。
補足になりますが、リサイクル法というのは、例えば家電なら、使い終わった家電を処理する時の費用を消費者が負担するというものです。廃棄物処理を有料化することにより、出す量も減ってくるという統計もあります。

今までは、廃棄物の処理を、「誰かがどこかで」という風に裏で行っていたので、不法投棄をする余地もあったのかもしれません。 ですがこれからは、廃棄物の処理費用をしかるべき人がしかるべき形で負担するという時代になっていきます。 恐らくリサイクル法は、これからどんどん色々なものに対して適用されていくと思います。
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| 9.千葉県における資源循環型社会づくりの可能性 |
次に、実際に循環型社会を形成するのが可能かという話になります。千葉県は農業、漁業、工業、商業と、様々な産業がバランスよく集積をしています。これだけの産業があると、廃棄物の量も多いのですが、産業が多様であるため、廃棄物の資源としての再利用の可能性が高いのです。
また、経済産業省や環境省が行っている「エコタウンプラン」というのがありますが、これはリサイクルのための大きな装置を設置する時に補助金を出すというものです。
千葉県では市原市で、一般廃棄物を焼却した時に出る灰をセメントの材料に使う、エコセメント事業というものを行っています。従来は焼却灰は埋め立てを行っていたのですが、これによって埋め立て量は、20%カットすることができました。
また、木更津市の新日鉄では、木更津など4市、合計32万人が住む地域で、一般廃棄物を直接溶融炉で溶かしてスラグ(砂粒のようなもので砂利代わりに使える)にするという事業も行っています。この4市では、ゴミの埋め立て量は4分の3もカットされました。
平成14年には、千葉市のJFEで、食品系の残渣をメタン発酵ガス化するという事業も始まりました。 これら3つはエコタウン事業として、規模も大きく、効果もはっきり見えるものです。このような装置型の環境事業は賛否両論あるのですが、現在は環境分野での技術開発は過渡期なので、色々実験しなければ仕方がないと私は思います。 臨海部の装置型産業の企業は、今まで「物づくり」という動脈産業の分野で蓄積した技術的ノウハウを持っているので、廃棄物のリサイクルといった静脈産業にも生かすことができます。これらが千葉県の資源循環型社会の実現可能性と言えるでしょう。
このような取り組みの結果、千葉県では一般廃棄物のリサイクル率が、平成11年度は19.5%と全国1位の値を達成しており、県民自らがリサイクルなどに取り組む素地があると言えると思います。
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| 10.戦略プロジェクト |
千葉県では、資源循環型社会を形成するために、8本の「戦略プロジェクト」を作りました。
1.マイバッグの普及の促進事業
マイバッグを持つことによって、レジ袋の使用量が減ります。これは1人1人が身近な所から始めていくという点からすれば、非常に大切なことだと思います。このマイバッグの話をよくする機会があるのですが、言っていることとやっていることが違うようではいけませんので、私自身もちゃんと袋を持ち歩いています。
2.循環資源のマッチングシステム
これは、行政が、資源としての廃棄物を事業者間で譲渡するための仲立ちをしようというものです。
3.エコタウン事業
これは前述の通りです。
4.農林水産業自然循環方式推進事業
今までも述べているように、千葉県は農業、水産業が盛んな県ですが、これらも大規模になってくると、自分の所だけでは完全なサイクルを形成するのは不可能になってきます。例えば畜産の糞尿などです。これらをうまく循環させるように行政が手助けをしようというのがこの計画です。
5.なのはなエコプロジェクトの推進
千葉県の県の花は「菜の花」です。菜の花と同様に、この事業は循環型社会作り計画の中で、シンボル的な位置づけがなされています。菜の花はなたね油の原料となっていますが、菜の花から油を絞り、 しぼりかすは堆肥にするというように、菜の花を使ったサイクルを新たに作ろうというものです。
6.環境上の「負の遺産」解消事業
先ほど言った産業廃棄物の不法投棄の処理についてです。膨大な量の不法投棄がありますが、これにも取り組まなければなりません。
7.ふるさとの里山保全整備事業
2003年5月に、天皇、皇后両陛下をお呼びしての植樹祭を、上総アカデミアパークという所で行いました。その時に、里山条例を施行したのですが、先ほども言った、千葉県らしい里山の景観を保全していこうというものです。
8.資源循環に関する体験的学習の促進
千葉県では、リサイクル率全国1位ということも出てきましたが、環境分野の体験学習や、NGO、NPO活動などが非常に盛んです。そういう中でこの計画は、それをさらに促進していこうというものです。
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| 11.推進会議(進化していく計画) |
計画は作っただけではだめで、実施しながら点検、見直しという過程が必要になってきます。
また、この計画を「誰が」進めていくのかということが重要です。県民およびNPO、事業者、行政の3者が一丸となって取り組んでいくことが大事になってきます。推進会議は、資源循環に関しての情報や意見の交換、将来への考え方や目標の共有、役割分担やその上での連携の場として利用するために作るものです。
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| 12.リスク=コミュニケーション |
推進会議などの意見交換の場では、様々な情報を共有することが大事ですが、その1つの例として、私はリスクを一般の方たちと共有することは大事であると考えています。
行政も企業も、リスクは出来るだけ誰にも教えないでおこう、というのが従来の考え方でした。1番わかりやすい例としては、河川の氾濫が挙げられます。河川というのは、堤防が決壊して氾濫するという危険性を孕んでいます。氾濫しないように堤防などは整備しますが、絶対に氾濫しない川など有り得ないのです。というわけで現在は、過去に氾濫したときのデータを地図に表して、「あなたの住んでいる所は、これくらいの降水量で水浸しになりますよ」という危険情報を国も市町村も公表するようになりました。これを公表しないと、自分が現在住んでいる所が安全であるかそうでないか分からないまま住むことになります。
昔は、危険な地域であるという情報を公表すると大パニックになると思われていたようです。ですが、あらかじめ危険性を教えられて水浸しになるか、知らないで水浸しになるか、どちらがパニックの度合いが大きいかと考えると、やはり事前に教えられていた方が良いですよね。最近は、どんどんリスクを公表するようになっています。そもそも「リスク=コミュニケーション」という言葉が表に出てきたこと自体、私は大きいことだと思っています。
また、果たしてどれくらいの危険性があるのかということを、統計量に基づいて公表することも大事だと思います。例えばダイオキシンの問題がマスコミを賑わせています。もちろんダイオキシンは非常に重要な問題ですから、放っておく訳には行きません。ですが、比較の対象が違うので厳密なことは言えませんが、「交通事故で死ぬ割合」と「ダイオキシンで死ぬ割合」、実際はどちらが高いのかというリスクの度合いも考慮する必要があります。
一般の人は、絶対安全かそうでないかという二極的な捉え方をする傾向が強いのですが、実際には絶対安全というものは有り得ないのです。そういうわけで、リスク=コミュニケーションというのは非常に大事なことだと思います。皆さんも、絶対安全なことは有り得ないんだ、と肝に銘じてほしいと思います。
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| 13.最後に
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スペインのオルテガ=イ=ガセットという人の1914年の著書に、「ドン・キホーテをめぐる思索」という本があります。これは、資源循環型社会について書いたものではなく、スペインの文化について書いたものですが、彼はこの本で、国民に対して、自分たちが頑張らねば自国の文化は消えてしまうのだということを主張したのです。そしてこの本の中に、以下のような一説があります。
「私とは、私と私の環境である。私が、もし私の環境を救わないなら、私自身を救えない。」
私はこのフレーズを見過ごすことが出来なかったので、取り上げてみました。
また、中村雄二郎の著書「21世紀問題群―人類はどこへ行くのか」(岩波)という本にも、人類の重大な問題として環境問題が取り上げられていますが、彼もオルテガ=イ=ガセットの前出のフレーズを取り上げています。
他に、寺島実郎の著書「正義の経済学ふたたび」(日経)の中でも、このオルテガのフレーズを使っています。私は、去年から資源循環推進に向けた仕事をする中で、まさにこのオルテガの一節の通りであると心から実感したのです。
他に、参考図書を2つ挙げておきます。皆さんは慶応の学生さんですから、あえて経済学部長である細田先生の著書は挙げません(編注:「グッズとバッズの経済学」など)。
1つ目は三橋規宏さんの「環境経済入門(新版)」(日経文庫)です。三橋さんは慶応を卒業して日経新聞に入り、日経ビジネスの編集長、科学技術部長や、国連のゼロエミッションのメンバーをなさった、この分野の専門家です。現在は千葉商科大学で教えておられ、また、今回紹介した千葉県の資源循環型社会づくり計画の策定懇談会のメンバーでもあります。
2つ目は、倉阪秀史さんの「環境を守るほど経済は発展する」(朝日選書)です。彼も同様に計画の策定懇談会のメンバーです。もともとは環境庁(現・環境省)に勤めておられて、現在は千葉大学の助教授をされている方です。別にこの先生方に頼まれたわけではありませんが(笑)、お読みになられてはいかがかと思います。
お約束の時間も近づいてまいりました。ここまで、資源循環型社会に向けての方向性を整理してきました。この後、皆さん方それぞれが環境問題に対してどのように取り組んでいくかということを考えることがあると思いますが、その際に、今回話した内容を参考にしていただければと思います。
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| 14.質疑応答 |
Q.1953年に、千葉県に川崎製鉄が出来て、工業県になったとおっしゃっていましたが、それから10年間の間に公害が発生し、1963年に公害防止条例が策定され、対策が始まったということですが、その公害はどのようなものだったのでしょうか?また、対策を講じて、その公害は現在はどうなりましたか?
A.大気汚染が1番大きな公害問題でした。全国的にも有名な問題なのですが、川崎製鉄の公害訴訟という、大変大きな問題がありました。訴訟そのものはすでに決着がついていますが、これにより当事者である川崎製鉄だけではなく、臨海部にある他の企業も公害対策に追われました。具体的には、窒素酸化物、硫黄酸化物、煤塵といったものをいかに除去し、大気に排出しないか、という技術が磨かれました。結果的に、公害対策の分野では、日本は世界のトップクラスとなりました。公害というマイナス要因を、うまく踏み台にしながら克服したというのが、公害の歴史の中の成果と言えるかもしれません。
Q.リスク=コミュニケーションの話が出てきましたが、実際に千葉県ではリスクの公開をどのような広報媒体で行っているのでしょうか?
A.現在は情報公開の原則があるため、希望される方は出来る限りの情報を得ることができます。また、先ほどの災害の話ですと、9月1日の防災の日や台風の月などは、県の広報誌などで呼びかけたりすることもあります。また、現在は毒性のあるもの等については、環境基準を公開していますが、環境基準自体もその値で良いのかという論争があるので、その議論も含めてリスク=コミュニケーションを考えると、まだ十分でないと思います。だからと言って、行政と住民が真っ向から対立するようなことになってしまっては議論が収束しないので、そのような場合では学識経験者などの審判員が必要になると思います。
リスク=コミュニケーションについてですが、私が最初にこの話を聞いたのは、シンポジウムで企業の方がパネリストとして話された時でした。この方は、一般の方は毒性があるとされる物質の危険性について敏感になりすぎているが、先ほどの交通事故との対比の例のように、実際の危険度はたいした事が無いものもあるので、具体的な数値なども使用したリスク=コミュニケーションが大事だと言っておられましたが、まさにその通りだろうと思います。
Q.環境問題が騒がれ始めたのは、ここ十数年のことだと思うが、森さんが現役の大学生であったころの慶応の学生の環境問題についての意識はどうでしたか?
A.私が入学したのは、34年前ですが、当時は環境問題というものが意識されていなかったので、現在のように学問で環境問題を扱うということはほとんどありませんでした。ただ、公害訴訟の訴訟団に混じってデモ行進をするといった、政治的な側面から活動をしている人はいました。現在は学生さんが学問やサークル活動で環境問題に取り組むようになったのを見ると、世の中の環境問題に対する関心が高くなったと思います。
Q.戦略プロジェクトの8つ目に、体験学習の促進というものがありますが、千葉県の独自の仕組みなどはあるのでしょうか?
A.現在でも、資源循環に関しての体験学習というものは、様々なメニューを用意して行っております。社会人向けのもの、学校の先生向けのもの、生徒向けのもの、というように、3つの分野に分けております。ですが、これからはNPOと連携して、講師をお願いしたり、一緒にプログラムを作ったりできるようになり、より良いものが作れるようになるものと思います。

先程も申し上げましたが、卒業して何十年も経つ中で、同じキャンパスで学んでおられる後輩の皆さんに、このような話ができたということで、本当に感無量でございます。一生の思い出にさせていただきます。どうもありがとうございました。 |
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